札幌地方裁判所 昭和59年(ワ)5008号 判決 1985年10月30日
原告
有限会社村山建設
被告
守屋訓博
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外津田薫(以下「津田」という。)は、被告の過失に基づく左記の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて受傷した。
(一) 日時 昭和五七年七月一八日午前五時五五分ころ
(二) 場所 札幌市中央区南大通西七丁目付近路上
(三) 加害車 普通貨物自動車
右運転者 被告
(四) 被害車 普通乗用自動車
右運転者 津田
(五) 受傷 頸椎捻挫後遺症(入院五九日、通院八か月)
2 津田の原告における地位並びに本件事故と原告の損害との因果関係
(一) 原告は、土木建築工事の設計、施工及び管理を主たる業務とする有限会社であり、津田は昭和五七年四月ころ原告に雇傭され、以来その鉄工部部長の職にあつた。
津田は、本件事故による受傷のため、事故発生日から昭和五八年六月まで休職し、また後遺症のため就労が困難となり、同月末ころ退職した。
(二) 原告は、津田の有する特殊技術を利用して、低温冷蔵庫、温水地熱器、ハウス温室用温水器(以下「本件機械」という。)を製造販売することを計画し、そのために同人を雇傭するとともに鉄工部を新設し、同人を右部長の職においた上で、必要な材料を購入し、注文を受けていた。本件機械は津田の発明にかかるものであつて、同人の有する特殊技術なくしては、製造不可能であり、同人の担当する職務には機関としての代替性がなく、原告(鉄工部)と経済上の一体性があつた。したがつて、本件事故による津田の受傷と原告の後記損害との間には因果関係が存する。
3 損害
(一) 原告は、津田の有していた特殊技術を利用して製造する予定の本件機械につき、合計金五三五万円の注文を受けていたが、同人の休業により右契約の履行が不可能となり解約に至つたため、得べかりし利益金一〇五万五〇〇〇円の損害を受けた。
(二) 原告は、本件事故発生以前に、津田の指示により、本件機械の製造のため、左記のとおり、材料を購入し、作業場の建築に費用をかけたが、同人の休退職のためいずれも不要となり、合計金三九四万二一〇〇円の損害を受けた。
(1) 低温器部品 六四万六六〇〇円
(2) 鉄骨材料 一七〇万五五〇〇円
(3) 建方外注工賃 六八万円
(4) 基礎工事費 九一万円
(三) 原告は、本件事故がなければ、本件機械の製造、販売により、津田が休職していた昭和五八年六月までに、金六一一万五〇〇〇円の利益を得ることができたか、これを失い、同額の損害を受けた。
よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、その受けた損害額の一部である金五〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、原告の業務内容を認め、その余の事実は不知。
3 同3の事実は不知。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、津田に対する本件事故と同人の受傷による原告の損害との間の相当因果関係の存否について検討する。
1 前記一の事実、証人津田薫の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証、第九号証及び同証言、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び同尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、土木建築工事の設計、施工及び管理を主たる業務とし(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和五七年五月ころの人員が原告代表取締役村山誠司のほか一名の取締役を含む総勢一〇名位の規模の有限会社である。原告代表者は、昭和五七年一月ころ津田(同人の子の妻と原告代表者の妻とが姉妹の関係にある。)とともに、同人の本件機械に対する特殊技術を利用して、原告において本件機械の製造販売することを計画し、同年五月一日同人との間で、同人において本件機械を製作することを内容とする雇傭契約を締結した。そして、右契約の際、原告代表者は、津田との間で、本件機械のうち温水地熱器についての同人の特許権が設定登録されるまでは同人を一従業員として日額一万五〇〇〇円の給料を支払うことを合意し、右登録後は同人から、その特許権について専用実施権なり通常実施権の設定を受ける旨の内諾を得ていた。また、原告代表者は、津田と共同して本件機械の製造販売計画を立て、右計画遂行に必要なほとんどの事を同人に委ねた。そして、津田は、原告の他の従業員(ほとんどが建設作業に従事する者である。)を使用することもなく、ただ一人で右計画を実施していたが、その中途の段階で本件事故に会い、受傷した。
(二) なお、本件機械のうち温水地熱器は、冬期、野菜を温室で栽培する機械で、土地に熱を加える仕組であり、そこで使用する熱交換剤(蓄熱剤)に秘密があるが、これも設計図があつて、しかも津田が製造方法を教えれば、もとより同人以外の者でも製造することができるものである。これを小型化したハウス温室用温水器も同様である。また、低温冷蔵庫は、果樹その他を保存する用途をもつ機械で、フロンガスを使用する点に特長があるが、これも設計図があつて、フロンガスの取扱経験者の協力を得れば、津田以外の者でも製造することができるものである。
そして、原告代表者は、本件事故後、津田と本件機械の製造販売計画の今後の対応を話し合う中で、同人に対し、本件機械の設計図及び熱交換剤の交付方を申し出たが、同人から、自らの特殊技術にかかるものとの理由でこれを拒絶された。そのうち、津田は、本件事故による受傷が軽快したにもかかわらず原告に出社しなくなり、原告代表者もこれを黙認するようになり、結局、明確な話合いもないまま、原告は昭和五八年六月同人を退職扱いにした。
津田は、昭和五八年一〇月一四日温水地熱器について特許出願をし、その後法人を設立し、右法人で熱交換剤を製造した上、これを緑産業株式会社に売却し、現在、同社で温水地熱器を製造販売している。
以上の事実を認めることができ、原告代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 ところで、会社が法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権は従前同様交通事故の被害者個人に集中して、同人には会社の機関としての代替性がなく、経済的に同人と会社とは一体をなす関係にあるものと認められる場合には、同人に対する加害行為と同人の受傷による会社の利益の逸失との間に相当因果関係を認めるのが相当である(最高裁判所昭和四三年一一月一五日判決。民集二二巻一二号二六一四頁参照)。
これを本件についてみると、前記1(一)で認定したとおり、本件事故の被害者である津田は、原告の一従業員にすぎず、実質的にも本件機械の製造販売という原告の新規の事業計画(当時、これが原告の全業務に占めた割合はそれほど大きくなかつたものと推認される。)の中で中心的役割を担つたに止まり、それを越えて、原告の実権を集中させているとか、経済的に原告と一体をなす関係にあるなどとは到底認められず、むしろ、それらに該当する可能性があるのは原告代表者の村山誠司をおいて外はないものと認められる。
なお、原告の業務のうち鉄工部門を独立してとらえ、それ自体と津田との経済的一体関係等を考慮するべきとの原告の主張は、財政、人事その他の側面から見ても、同人の関与した業務に、原告の他の業務から独立した関係(別の法人格とみてもよい位の独立性が必要と考えられる。)が認められないことが明らかな本件においては、そもそもとりえない主張というべきである(仮に右独立性を肯定したとしても、右にいう鉄工部門についても原告代表者の指揮命令権が及んでいること、同人の経済的関与が極めて大きいことなどからも、原告代表者を除外して右部門と津田との経済的一体関係等を肯認することは困難である。)。
3 さらに付言すると、前記認定事実によれば、津田は、原告に一従業員として雇傭され、その雇傭契約存続中に本件事故に会つたものであるから、使用者である原告からの申出があれば、その技術、能力を原告に提供しなければならない義務があるというべきところ、前記認定のとおり、原告代表者から本件機械の設計図及び熱交換剤の交付方の申出を受けたにもかかわらずこれを拒絶し、一方、原告もそれ以上に強い要求をしないまま、同人との雇傭関係を終了させてしまつたものである上、本件機械は、設計図が用意され、熱交換剤の製造方法が分るなどすれば同人以外の者でも製造することができるのであるから、原告が同人に対し断固たる措置をとるなり、所期の目的を達成するための契約を改めて同人と締結する(このことが困難であつた事情は窺えない。)なりの措置をとれば、その主張する損害は避けることができたものと推認される。しかし、それらの損害回避措置をとらないで自らに生じたと主張する原告の損害は、もはや本件事故による津田の受傷に起因するものということはできず、むしろ、専ら同人と原告との対応(及び津田の非協力)によるものと認めるのが相当である。
三 右の事実によれば、津田に対する本件事故と同人の受傷による原告の損害との間の相当因果関係は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中島秀二)